2010年11月24日

『新嘗祭』日本人なら知っておきたい

23日は新嘗祭でした。

23日のうちに日記を書きたかったのですが、こういう日に限って風邪で寝込む・・・。
気づいたら日にちが変わってました・・・(´・ω・`)

23日は勤労感謝の日。。。ではなく本来は日本人がもっとも大事な行事、『新嘗祭』です。

以下は 2010年10月27日 とまったく同じ内容ですが、非常に重要な事なのでもう一度書いておきます。
これを機に、自分の住んでいる国の歴史や行事、文化を少しでも関心を持ってもらえたらいいなーーと思うのです(*´∀`)

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11月。11月3日に文化の日、11月は23日に勤労感謝の日という祝日がありますね。
日本には祝日は多いですが、本来は祭日だったものが戦後そうなってしまい、呼び名を変えられてしまったものもあります。

11月3日は明治節が起源だろうといわれております。明治節は明治天皇のお誕生日です。

そして11月23日は日本人にとって最も大事な祝日・・というか祭日なのです。本来は。
11月23日の勤労感謝の日は、本来日本人にとって最も大事な『新嘗祭』という名前だったのですが、それを今の若い人がどれほど知っているか。ほとんどの学校が教えていないのだから知らなくても仕方ないのですが(私も教わりませんでした)、日本の起源や成り立ちに関わる大切な祝日なので絶対に教えなくてはならないことのはずですよね。
皇室の祭事の中でも一番大事な祭事ですし、何故新嘗祭が行われるのか、天皇陛下がこの日本でどのような役割をになっているのかもきちんと教えるべきだと思います。
豊穣を祈る気持ちと、米を食すことによって命を得ているということに感謝するのもいいと思います。
米は日本の神話において、神様の命と引き変えに得た食物です。私たちが食べ物を食べる時「いただきます」というのは命を戴く事にたいしての感謝の気持ちから言う言葉が起源だということになると思います。
この辺はもっと詳しく上手く解説できるHPや本などもありますので、どうぞご覧くださいませ。グーグルで新嘗祭と検索すればいっぱい参考サイトさまは出てくると思います。

また日本の神話の本で、とてもわかりやすく、物語として読んでも面白いものがあります。
サン・グリーン出版『古事記の物語』という本です。
興味のある方はぜひ、読んでみてくださいませ。
サイトもありますので、良かったら^^↓
http://www5c.biglobe.ne.jp/~izanami/

自国の成り立ちを教えないなんて変ですよね。他の国では絶対やってるような事も日本では行われない。もちろん原因はGHQですが、戦後65年もたってるのに何故いまだにGHQの取った政策をそのまま実行しているのか不思議です。まあ反日売国の教育がまかり通っているような国ですから。おかしく捻じ曲がってしまったものを直すのは大変ですが、やるしかありません。
日本人としては、祝日ではなく祭日の復活を望みます。
そして日本の学校がきちんと日本の神話を教える事を切に願います。
それは日本と起源や本質、天皇という存在が何故日本に必要なのかを教える事に直結してるからです。
やっぱり日本人として文化や歴史、民族性は大事にしたいです。

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ここまで日記から転載。

新嘗祭というのは上記で説明したとおり、日本人の主食たるお米をはじめ、五穀を祝う行事です。
その行事を古から行ってきたのが 皇室 であり(新嘗祭は一度途絶えましたがまた復活しました)、新嘗祭を行えるのは天皇陛下だけです。
ちなみに大嘗祭というのは、天皇陛下が即位されてから最初に行う新嘗祭の事です。

農耕(と、農耕を祝う行事)=皇室 というくらい農耕行事と皇室は結びついてるのですが、現代ではほとんどの学校がそれを教えていません。
戦前までは教えられていましたし、古くは民間でも神道の祭祀王という位置づけで敬われていました。
農耕民族たる日本にとって農耕を祝う行事は非常に重要であり、また大事にされるというのは、お米を食べる人間ならば納得のいくところです。
なんと言っても日本の米は2千年以上の歴史があり、現代も品種を改良して美味しく受け継がれているのですから。
日本人として新嘗祭くらいは、その意味と起源を知っておきたいものです。

天皇は決して一神教のような神の信仰対象ではなく、どちらかというとキリスト教の法王のような役割であり、そういう位置づけです。それは今も昔も変わりません。
皇室が国家の権力機構だったのは古代の日本と、平安時代の数人ほどでしょう。
皇室は早くから権力と権威を切り離し、その役割を 国家の安寧と豊穣を祝う祭祀を司どる ことに特化しました。
それは上記のように日本人として農耕を祝う気持ちを大事にするということもありますが、権威と権力を引き離し絶対独裁者を生み出さない事にも大きく貢献したのではないでしょうか?

日本も権力機構は幾代の幕府が変わったように、移り変わりました。しかし権威(王朝は)まったく変わりません。今なお続いています。皇室は世界で最古であり最長の王朝であるゆえんは、上記2点、

・農耕民族たる日本人にとって最も大事な五穀を祝う祭事 神道の祭祀王
・権威と権力を切り離した事により、力で奪える権力機構ではなく、人が自発的に敬う権威となった

という事が大きく起因していると思います。
 
これはじつは民族にとって非常に幸運なことでした。
中国のように王朝が変わるごとに文化が破壊されることもなく、絶対王者と後は奴隷のような関係が構築される事もなかったのです。
またヨーロッパのように戦渦に絶えず巻きもまれる事もなく、300年という悠久の平和な時代など他国では考えられない事でした。
それが日本人の内向的で口下手な性格も培ってしまったのかもしれませんが、その代わり勤勉で、人が見ていなくても粗相や悪さをしない(お天道様が見ている)というような美徳も養われたのだと思います。

これからグローバル化するに当たって、体外的にはおそらくこの特質では乗り切れず、冷静冷淡で非情な選択をしなくてはいけない場面もあるのでしょうが、国内に向けた文化としては、古きよきものを見直せるものは見直してみるのもまた、いいと思います。


補足※
天皇が神としてあがめられた時期は昭和の10年代後半から終戦までの極短い期間であり、悪く言えば天皇の権威が戦争に利用された、という事です。権威を戦争に利用するのは何処の国もやっていて、宗教や権威、教育が戦争に動員されるのは何時の時代も、何処の国家でもあることです。

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posted by イツキ舞(or リリア) at 01:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 皇室

2010年09月07日

悠仁さま4歳に 友達と遊び、昆虫に興味も

タイトルは日テレより

殿下、おめでとうございます。皇位継承権第3位、順当にいかれれば、50年後位に天皇にご即位なさることでしょう。
天皇になられるということは、国民の安寧ために祈りを捧げる、無私の存在、神道の祭祀王となられるわけです。それは常人が想像も出来ないほどの覚悟と試練の連続になることと思われます。
天皇になられる方だといっても、人間であらせられるわけです。
ご幼少のみぎりにはお友達とも遊ばれ、昆虫にも興味を示されます。人間としての部分をお持ちになりながらも、いずれは国民のために祈る存在となるのです。その葛藤たるやいかばかりでしょう。

それでも、天皇という存在は絶対に日本に必要なのです。それは、日本の伝統文化の継承者が天皇という存在だからです。
http://circleren.sblo.jp/category/922008-1.html
こちらに触れてますので、良かったらご覧下さい。

天皇というものは独裁者が現れないように知恵であると共に、日本人が古来から守ってきた、万物には神が宿るというなんでも受け入れ敬う心、「お天道様が見ている」という人が見ていないところでも悪さをしないで自らを律する心、「いただきます」という、命をいただく事で自らの命を得ている感謝の心、それら神道と呼ばれるものを守ってきたのが天皇です。

私が天皇陛下を尊敬するのはけっして専制主義的な個人崇拝ではなく、伝統と文化を守る継承者に対する尊敬、キリスト教で言えば法王という存在を尊敬するのに近いと思います。個人を崇拝するのではなく、その天皇という存在が尊いのだということです。個人的に、今上天皇、昭和天皇、明治天皇は尊敬いたしておりますが、それでも私が守るべきは天皇という象徴に対しての尊敬です。
天皇は守るべきものです。それは日本の伝統文化を守ることだからです。日本の伝統文化を失った日本は日本ではないからです。そしてそれは天皇陛下自身にも言えることです。
三種の神器(天叢雲:アメノムラクモ(別名:草薙の剣)、八咫鏡:ヤタノカガミ、八尺瓊勾玉:ヤサカニノマガタマ)がなくては天皇に即位できないのですが、それらは天皇のお命よりも重いものとされています。なぜならこれらがなくては天皇になれないからです。
逆に言えば3種の神器と後継者がいれば天皇という存在は続きます。天皇自身の命が失われても新たなる次の天皇が誕生する事により、日本の伝統文化を守れるわけです。そのときは天皇でさえ、命よりも日本の伝統文化の継承を優先させるでしょう。
事実、1945年の終戦の時に、上記と同じような事態が起こりました。
昭和天皇がマッカッサー元帥に自らの命と皇室の財産を差出し責任はすべて自分が取るので、日本国民のは寛大な処置をして欲しいとおっしゃりました。(ちなみに戦争責任は天皇にはありません。明治より既に立憲君主制だったわが国は、議会の決定で政治を行っていたからです)
天皇という存在は日本の国民と=(イコール)で繋がっています。それは天皇が日本の伝統文化の継承者であるという意味ももちろんありますが、天皇は国民の安寧を祈るための存在でもあるからです。
だから国民を守るために、次代の天皇(皇太子)がおられ3種の神器がすぐに即位に使える場合、この場合、昭和天皇は命を差し出してでも国民を守ろうとしたのです。これは別に昭和天皇に限った事ではなく、天皇とはそういう存在であり、国民の安寧のために存在するのです。
無私となり、国民のために祈り続ける存在、そういう存在であるからこそ国民は尊敬し、守ろうとするのです。そして大切に長らく守るものだからこそ、権威は増すのです。
権威とは、人が自発的に尊敬を抱き守るとするものだと思います。
これは力で国民を支配する権力者にはないものです。
そしてわが国の皇室は世界でもっとも長く続いている王朝であります。また中国の皇帝のように皇帝一人にすべての権力が集まり、自分以外の人の命をすべて握っている絶対的な独裁者も、日本では生まれていません。
王朝が交代したときに行われる徹底的な全王朝の破壊(文明の破壊)も行われませんでした。
日本にも非常に強い権力はありましたが、中国のそれとは比になりません。
またどのような権力を握っても、日本においては皇室の権威を犯すことは出来ませんでした。皇室を冷遇した江戸幕府ですら、皇室を絶つ事は出来ませんでした。(むしろ皇室の権威を散々利用しました)
守るとする意志がない限り、必要でないものは必ず淘汰されます。それがこれほど長く続いているというのは、日本人が本質的に独裁者を生み出さない方法を選んでいたのかもしれません、

これこそ歴史で教えないといけない事なんですが、教えてくれませんでしたね。さすが日教組、日本が大嫌いです。マスゴミもとことん皇室嫌いですよね。
自分の国の生い立ちや歴史を知らないのは恥だと思いまがそれよりも病的なのは、それを教えない教育のあり方です。歴史を失った国は必ず滅びます。
国を守ることを国家システムを守る、という事と誤解しないで下さい。
国家システムは時代によって変ります。日本だってそうでした。しかし日本の本質は変わらなかったのです。
日本に限った事ではないのですが、国を纏め上げてるのは国家システムではありません。国家システムとはその時代を円滑に動かし、国民が生活をする上で必要なシステムです。国家をまとめているのは、根本的に精神的なもの、宗教、イデオロギー、共通の敵などです。日本はそれらに頼る必要はなかったのです。
日本の本質は、
八百万の神に精神が宿るというさまざまなものに対する尊敬と、それらを受け入れる心、
受け入れたものを自分たちのものに変えてしまう工夫、
おてんと様がみているという他者が見ていなくても自分を律する心、
古いものと新しいものが共生できるバランス感覚、
農耕民族であるがゆえに命を食べる事に感謝を捧げる、他者の命で自らの命をつないでいるという感謝の心、
自然を愛し、郷土を愛し、地域に貢献する心
それらであると思っています。
これらをまとめたものが神道、そしてその祭祀王が天皇陛下だという認識でいいと思います。

宗教?冗談じゃネェよ?新手の勧誘か??と読まれた方が誤解しないように言っておきますが、日本人は大体が何かしらの神道の行事に関わっています。
まずはお正月。年末に大掃除をし、新しい年を迎え入れる。じつはこれはこれは立派な神道の儀式なのです。
1年のうちにたまった厄を祓い、新しい年神様を家にお迎えする、という儀式だそうです。
お正月にお賽銭を入れ、家族や自分の健康を祈る、もしくは試験に合格しますように、と神頼みする。これも神道です。
「いただきます」というのもそうです。
日本の神話の中で米は神様の体から生まれた食物であるとされています。神様の命から生まれたものをいただく、自分が生きながらえるために命をいただく、そういう思いから食べ物を食べる前に言われるようになった・・らしいです。

私だって別にお布施したり浄財したりしません。神社に行ったら5円がありますように、と5円を賽銭で投げ入れるくらいですね。もともと私は宗教は興味なく、日本の歴史を勉強するまでは天皇という存在が何故あるかもまったく知りませんでした。なんで天皇っているの??と思ってた人間です。やっぱし日教組とマスゴミが(以下略


布教しようにも、そもそも神道とはお布施をしたり、布教するものでは本来はないのです。
尊敬や信仰とは本来強制されるものではなく、自分の中から沸き起こるものです。
神道というものは一神教の神という絶対的な存在ではなく、日本人が日常を生きて行く上で日々に感謝し自らを律する知恵のようなもので、それは宗教というよりは、道徳の観念に近いと思っています。
(日本の神道の宗派でお布施や布教をしているのは認可されているもので16つほど例外的にあるそうですが)
(靖国神社は神道ですが、私は靖国のお参りは神道で行くというよりは、日本のために戦った人達の霊を慰めに行く、という気持ちでいっています)

神道は古来から日本人の生活に密接しており、神道とは日本人が安寧に生きていくための知恵であり、それを継承し祭祀を行うのが天皇という存在だと私は認識しております。

だから天皇という存在は日本に必要であると思っております。

説明が致命的に下手でスイマセン。歴史がありすぎてとても私の語彙では表現できないのです。むしろ、うまく説明してくださってる方がおられたら紹介して欲しいです。

日記を書いているうちに日付が変わった・・なんてこったい・・

しかしおめでたい!という気持ちには変わりはありませんよ!
日本の文化を受け継ぐ殿下の未来と日本の国と国民の未来が安寧に満ちたものでありますように。

posted by イツキ舞(or リリア) at 01:30| Comment(0) | 皇室

2010年06月20日

陛下の本来の仕事は祭事である

静養中の天皇陛下が発熱、視察取りやめ


陛下のお仕事は本来祭事である。それは長き歴史、恋々と語り継がれる、まさに日本の伝統と文化そのものです。
陛下は祭事王なのです。
日本国民の豊穣と安寧のために祈り続ける、存在。
一切の私利私欲を廃し、ただただ国民のためだけに存在しておられる、無私の存在なのです。

民主党の政権に入って陛下は公務が多すぎます。小沢幹事長が陛下を政治的に利用した事件は記憶に新しいですね。これは絶対許されない事なのだ。
なぜなら権威は権力と別のものだからです。

権威(けんい、Authority)とは、自発的に同意・服従を促すような能力や関係のこと。威嚇や武力によって強制的に同意・服従させる能力・関係である権力とは区別される。代名詞的に、特定の分野などに精通して専門的な知識を有する人などをこう称することもある。(Wikiより)

権力(けんりょく、ドイツ語 Macht、英語 power)は、何らかの物理的強制力の保有という裏づけをもって、他者をその意に反してでも服従させるという、支配のための力のことである。権力者とは、そうした権力を独占的に、あるいは他に優越して保有し、それを行使する可能性をもつ者を言う。強制の有無という点で、被治者の自発的な同意・服従を要請する権威とは区別される。(Wikiより)

日本は権威と権力を古代より分けてきました。これは実は実に上手い国の統治の仕方なのです。
この二つを分ける事により、絶対な独裁者は生まれない。
どれほど権力を持っていても権威が上にある限りは、権力は権威を犯せない。
また権力は時代によって攻勢衰退する。それは権力の性質を見れば理由がわかります。
だが権威は暦すを積み重ねれば積み重ねるほどの権威は増すのです。
天皇が親政を行ったのは古代を除けば一部の例外を除いてありません。平安の藤原氏も、鎌倉幕府も、室町幕府も、江戸幕府も権力をどれほどもっても、天皇の権威を犯す事は出来なかったのです。それは民衆が、自然と天皇を崇拝していたから。アメリカのGHQですら、天皇家を廃止する事ができなかった。もしそうなれば、日本国民が総出で敵になるとわかっていたから。
権威とは時として権力さえも抑える力があります。だから日本ではどれほど権力を持っても、権威と権力を併せ持つ絶対権力者は生まれなかったのです。

天皇家は世界最古の血筋であり、天皇は世界で最も権威を持っています。
この権威は世界の外交において、非常に強い力を発揮します。天皇の外交は外交官100人の外交に勝ると聞いた事がある方多いと思います。
詳しくはこちらのサイトに書かれているので是非ご覧下さい。興味深い。↓
http://www.infosnow.ne.jp/~sevas/adult/japan/japan2.html

天皇は権力者ではありません。もちろん神でもありません。(天皇が神という教育は、昭和13年ごろから終戦までの間だけで、これは戦争に天皇が動員(悪い言い方をすれば利用)されたからです)
政治の介入は今も昔も出来ません。(戦前も立憲君主制で、天皇といえども憲法には従わねばならず、議会の決定には反対する力を持たなかったのである)もちろん軍を掌握する事も出来ません。
それどころか、投票権もありませんし、職業選択の自由も転居の自由もありません。私(し)のための権利を持っていないのです。公(おおやけ)の存在として、国民の安寧のために祈るというのが、古来からの今も変わらない天皇の役割なのです。
天皇は象徴であり、日本の祭事(私達がお正月・勤労感謝の日・秋分の日・春分の日・文化の日等と読んでいるのは本来祭りごとをおこなう日です。またその他の大小さまざまな祭事を執り行っております)をまとめる方で、役割的にはローマ法王に近いです。
祭事など必要ないと思われてる方はお正月を祝った事はありませんか?地元で縁日があったり、秋祭り、夏祭りなど参加した事はありませんか?それらはすべて、天皇が行う祭事に繋がっています。

では祈りを行う祭事とはどういうものなのか。

1月1日 西方拝 
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天皇は皇居内の神嘉殿の前庭よりお出ましになり、地面敷いた畳にお座りになられて、伊勢神宮をはじめ、四方の天神地祇、神武天皇陵、昭和天皇陵、ならびにいくつかのゆかりの神社に遥拝(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%9F%8E%E9%81%A5%E6%8B%9D)される。これが一年で一番最初の宮中行事であり、年頭にあたって天皇は国家国民の安寧をお祈りになる。

天皇論 小林やすのり著 より引用
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1月1日 歳旦祭
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B3%E6%97%A6%E7%A5%AD
1月3日
元始祭(げんしさい)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E5%A7%8B%E7%A5%AD

1月4日 奏事始
1月7日 昭和天皇祭
1月30日 孝明天皇例祭

2月17日 紀元祭
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%88%E5%B9%B4%E7%A5%AD
(2月11日紀元節は戦後GHQによって、勤労感謝の日にされた。)

春季皇霊祭(現春分の日、戦後GHQによってこう改名された)
秋季皇霊祭(現秋分の日、戦後GHQによってこう改名された)

皇霊祭とは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E9%9C%8A%E7%A5%AD

4月3日
神武天皇祭http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%AD%A6%E5%A4%A9%E7%9A%87%E7%A5%AD

鎮魂祭 新嘗祭の前に行う儀式
神嘗祭
(行事が多いので詳細はこちらで↓)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%98%97%E7%A5%AD
大嘗祭(行事が多いので詳細はこちらで↓)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%98%97%E7%A5%AD

招魂祭
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8B%9B%E9%AD%82%E7%A5%AD

天長祭(天皇誕生日)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E9%95%B7%E7%A5%AD

わかる範囲で載せてみました。小さな祭事はもっとあります。また私が説明できない祭事は除きました。実に不完全でスイマセン。
大事なものが抜けている、それは違うなどのご指摘がありましたらバンバンお願いします。
小林よしのり著 天皇論 にかなり詳しく書かれておりますので、そちらをどうぞ。

一年を通して、さまざまな祭事を天皇陛下はこなされます。すべては国民と国家の安寧をお祈りになられます。さらに公務があります。陛下のスケジュールはたいへんハードです。
祭事をはずす事は絶対出来ません。それは古来より伝わる天皇の役目だからです。だからこそ、ご高齢を配慮して、もっと公務を差し控えるべきなのです。
まして天皇の権威を利用しようなどと、言語道断です。


参考サイト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%88%E5%B9%B4%E7%A5%AD
http://www.infosnow.ne.jp/~sevas/adult/japan/japan2.html
http://koshitsu.jugem.jp/?eid=84

参考資料
昭和天皇論 著 小林やすのり
天皇論   著 小林やすのり

追加 神道(しんとう)のいろは 神社本庁教学研究所監修
posted by イツキ舞(or リリア) at 00:59| Comment(0) | 皇室