2010年09月18日

A級戦犯の合祀手続き 検証へ

原口大臣(この時点では大臣だったので)などがA級戦犯の合祀手続き 検証へ


歴史的に見ても、法からみてもわが国にA級戦犯はいないんですが。
これは間違いありません。
そもそも、この言葉は東京裁判で裁かれた、いわゆる戦犯といわれる人達の罪の種類につけられました。
まず、いわゆるA級B級C級戦犯というのは、罪の重さに対するランクではありません。
A級戦犯というのは 平和に対する罪 を起こしたとされるものの事を指します。
(B級は戦争犯罪、C級は人道に対する戦争犯罪を差します。もしかしたら紹介文によっては、B級は戦争犯罪を指示したもの、C級は戦争犯罪を実際に実行したものという紹介のなされたかがあるかもしれません。これらの裁判も、B級C級の線引きが曖昧だったり、証拠もなく一方的な証言のみで裁かれたものも数多くありました。)
しかしこの 平和に対する罪 というものをを裁く国際法は基本的にありません。非常に具体性に乏しいということもありますが、そもそも現在に至るまで戦争そのものを裁く法はないのです。(戦争と戦争犯罪はまったく別個のものです)戦争を起こした事は罪にはなりません。なぜならば戦争は外交上の問題を解決する最終手段として現在も認められているからです。

日本を国際法で裁けなかったので、戦勝国の一方的なチャーター(この裁判の為に作った法令)で裁いたものです。
しかし皆さんもご存知のとおり、法律は制定した時から効力を発揮します。制定する前にさかのぼって制定した法律の効力を伸ばす事は出来ません。しかし、東京裁判ではそれがなされました。
東京裁判が歴史的に戦勝国の私刑(リンチ)であったといわれる所以です。事実、チャーターを支持したマッカーサーは「あの裁判は誤りだった、日本は自衛のための戦いをした」と5年後に認めています。
この裁判そのものが今日では公平でないものとして疑問視されています。
東京裁判でただ一人全員無罪の判決を出したパール判事は稀代の名判事としてその名を世界になさしめる事になります。

さらに、(ここからWIKI引用)日本国内においては、戦犯赦免運動が全国的に広がり、署名は4000万人に達したと言われ、1952年12月9日に衆議院本会議で「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」が少数の労農党を除く多数会派によって可決された。さらに翌年、極東軍事裁判で戦犯として処刑された人々は「公務死」と認定された。
戦犯拘禁中の死者はすべて「公務死」として、戦犯逮捕者は「抑留又は逮捕された者」として取り扱われる事となった。(ここまで)
戦争でなくなった方と同じ扱いです。戦犯ではありません。
この辺は詳しく調べると大変長くなりますので、かなり簡単にはしょります。詳しく知りたい方は 東京裁判 戦犯 などで検索すればいくらでもでてきますので、どうぞ。

また、大変不愉快ながら(本来そんな事されるまでもなく、私は戦犯はいないと思ってますので)、サンフランシスコ条約でもいわゆるA級戦犯といわれる人達は特赦されています。重ねて言いますが、私は日本にために戦った人達の名誉にかけて、特赦されるべきことでもないと思っていますが、国際上もまったく問題はないのです。

という、長い前置きからいって、すべては決着してる事です。日本のために戦い、今靖国で安らかな眠りについている人達を貶め、ましてや検証などもってのほかです。
原口大臣は大臣はおろか、日本の政治家の資格もありません。
こんな風に、日本の歴史や伝統、先人への感謝や死者への哀悼尊敬までを否定し、貶め、中韓に売り渡すが現政権です。
日本人としての誇りや気概は彼らにはないのでしょう。何故日本人の心を持たない彼らが日本の政権をになってるのでしょうか?これは、長いものに巻かれろ、という日本の風潮が生み出した政治の悲劇であり怠惰に違いないと思います。それは私も反省すべき事です。

話は戻って。
中国・韓国はプロパガンダで言ってるのです。彼らはいちゃもんがつけられればなんでもいいのです。たまたまそれが靖国だっただけで、靖国がなかったら別のことで文句をつけにきます。
日本がすべき事は彼らに屈せず、凛として首相が参拝すればいいのです。公式参拝してもまったく問題ないのです。日本のために戦った人達を参拝するのですから。私的な参拝、などという言葉があるから、天皇陛下が参拝出来なくなったのです。なぜなら、天皇は公的な存在であり無私の存在なので、私的な参拝が出来ないのです。

私たち日本人は、先祖を大事にし、死者に哀悼の意を示す事が出来たはずです。
それがこんなことになっているのは怒りを通り越して悲しいです。
一体遺族の方たちは今までどれほど心無い罵声や中傷を浴びてきたか。国のために戦って、戦勝国の一方的な都合と復讐心で肉親を処刑されて、やっと靖国で御霊が静かに眠れたと思ったら、同じ国内から心無い中傷をされ、政治家が分詞だ検証だなどと言い出す。
こんな心無い民族だったのでしょうか?私たちは?
国を守るために戦った人達の事を、たった65年前の事すら正しく認識できない、正しく学校で教えない。

私は、原口大臣の判断が、後に最大の汚点だったといわれるように、そうなるような日本であって欲しいと願う。


posted by イツキ舞(or リリア) at 04:38| Comment(0) | 政治
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