2010年09月07日

悠仁さま4歳に 友達と遊び、昆虫に興味も

タイトルは日テレより

殿下、おめでとうございます。皇位継承権第3位、順当にいかれれば、50年後位に天皇にご即位なさることでしょう。
天皇になられるということは、国民の安寧ために祈りを捧げる、無私の存在、神道の祭祀王となられるわけです。それは常人が想像も出来ないほどの覚悟と試練の連続になることと思われます。
天皇になられる方だといっても、人間であらせられるわけです。
ご幼少のみぎりにはお友達とも遊ばれ、昆虫にも興味を示されます。人間としての部分をお持ちになりながらも、いずれは国民のために祈る存在となるのです。その葛藤たるやいかばかりでしょう。

それでも、天皇という存在は絶対に日本に必要なのです。それは、日本の伝統文化の継承者が天皇という存在だからです。
http://circleren.sblo.jp/category/922008-1.html
こちらに触れてますので、良かったらご覧下さい。

天皇というものは独裁者が現れないように知恵であると共に、日本人が古来から守ってきた、万物には神が宿るというなんでも受け入れ敬う心、「お天道様が見ている」という人が見ていないところでも悪さをしないで自らを律する心、「いただきます」という、命をいただく事で自らの命を得ている感謝の心、それら神道と呼ばれるものを守ってきたのが天皇です。

私が天皇陛下を尊敬するのはけっして専制主義的な個人崇拝ではなく、伝統と文化を守る継承者に対する尊敬、キリスト教で言えば法王という存在を尊敬するのに近いと思います。個人を崇拝するのではなく、その天皇という存在が尊いのだということです。個人的に、今上天皇、昭和天皇、明治天皇は尊敬いたしておりますが、それでも私が守るべきは天皇という象徴に対しての尊敬です。
天皇は守るべきものです。それは日本の伝統文化を守ることだからです。日本の伝統文化を失った日本は日本ではないからです。そしてそれは天皇陛下自身にも言えることです。
三種の神器(天叢雲:アメノムラクモ(別名:草薙の剣)、八咫鏡:ヤタノカガミ、八尺瓊勾玉:ヤサカニノマガタマ)がなくては天皇に即位できないのですが、それらは天皇のお命よりも重いものとされています。なぜならこれらがなくては天皇になれないからです。
逆に言えば3種の神器と後継者がいれば天皇という存在は続きます。天皇自身の命が失われても新たなる次の天皇が誕生する事により、日本の伝統文化を守れるわけです。そのときは天皇でさえ、命よりも日本の伝統文化の継承を優先させるでしょう。
事実、1945年の終戦の時に、上記と同じような事態が起こりました。
昭和天皇がマッカッサー元帥に自らの命と皇室の財産を差出し責任はすべて自分が取るので、日本国民のは寛大な処置をして欲しいとおっしゃりました。(ちなみに戦争責任は天皇にはありません。明治より既に立憲君主制だったわが国は、議会の決定で政治を行っていたからです)
天皇という存在は日本の国民と=(イコール)で繋がっています。それは天皇が日本の伝統文化の継承者であるという意味ももちろんありますが、天皇は国民の安寧を祈るための存在でもあるからです。
だから国民を守るために、次代の天皇(皇太子)がおられ3種の神器がすぐに即位に使える場合、この場合、昭和天皇は命を差し出してでも国民を守ろうとしたのです。これは別に昭和天皇に限った事ではなく、天皇とはそういう存在であり、国民の安寧のために存在するのです。
無私となり、国民のために祈り続ける存在、そういう存在であるからこそ国民は尊敬し、守ろうとするのです。そして大切に長らく守るものだからこそ、権威は増すのです。
権威とは、人が自発的に尊敬を抱き守るとするものだと思います。
これは力で国民を支配する権力者にはないものです。
そしてわが国の皇室は世界でもっとも長く続いている王朝であります。また中国の皇帝のように皇帝一人にすべての権力が集まり、自分以外の人の命をすべて握っている絶対的な独裁者も、日本では生まれていません。
王朝が交代したときに行われる徹底的な全王朝の破壊(文明の破壊)も行われませんでした。
日本にも非常に強い権力はありましたが、中国のそれとは比になりません。
またどのような権力を握っても、日本においては皇室の権威を犯すことは出来ませんでした。皇室を冷遇した江戸幕府ですら、皇室を絶つ事は出来ませんでした。(むしろ皇室の権威を散々利用しました)
守るとする意志がない限り、必要でないものは必ず淘汰されます。それがこれほど長く続いているというのは、日本人が本質的に独裁者を生み出さない方法を選んでいたのかもしれません、

これこそ歴史で教えないといけない事なんですが、教えてくれませんでしたね。さすが日教組、日本が大嫌いです。マスゴミもとことん皇室嫌いですよね。
自分の国の生い立ちや歴史を知らないのは恥だと思いまがそれよりも病的なのは、それを教えない教育のあり方です。歴史を失った国は必ず滅びます。
国を守ることを国家システムを守る、という事と誤解しないで下さい。
国家システムは時代によって変ります。日本だってそうでした。しかし日本の本質は変わらなかったのです。
日本に限った事ではないのですが、国を纏め上げてるのは国家システムではありません。国家システムとはその時代を円滑に動かし、国民が生活をする上で必要なシステムです。国家をまとめているのは、根本的に精神的なもの、宗教、イデオロギー、共通の敵などです。日本はそれらに頼る必要はなかったのです。
日本の本質は、
八百万の神に精神が宿るというさまざまなものに対する尊敬と、それらを受け入れる心、
受け入れたものを自分たちのものに変えてしまう工夫、
おてんと様がみているという他者が見ていなくても自分を律する心、
古いものと新しいものが共生できるバランス感覚、
農耕民族であるがゆえに命を食べる事に感謝を捧げる、他者の命で自らの命をつないでいるという感謝の心、
自然を愛し、郷土を愛し、地域に貢献する心
それらであると思っています。
これらをまとめたものが神道、そしてその祭祀王が天皇陛下だという認識でいいと思います。

宗教?冗談じゃネェよ?新手の勧誘か??と読まれた方が誤解しないように言っておきますが、日本人は大体が何かしらの神道の行事に関わっています。
まずはお正月。年末に大掃除をし、新しい年を迎え入れる。じつはこれはこれは立派な神道の儀式なのです。
1年のうちにたまった厄を祓い、新しい年神様を家にお迎えする、という儀式だそうです。
お正月にお賽銭を入れ、家族や自分の健康を祈る、もしくは試験に合格しますように、と神頼みする。これも神道です。
「いただきます」というのもそうです。
日本の神話の中で米は神様の体から生まれた食物であるとされています。神様の命から生まれたものをいただく、自分が生きながらえるために命をいただく、そういう思いから食べ物を食べる前に言われるようになった・・らしいです。

私だって別にお布施したり浄財したりしません。神社に行ったら5円がありますように、と5円を賽銭で投げ入れるくらいですね。もともと私は宗教は興味なく、日本の歴史を勉強するまでは天皇という存在が何故あるかもまったく知りませんでした。なんで天皇っているの??と思ってた人間です。やっぱし日教組とマスゴミが(以下略


布教しようにも、そもそも神道とはお布施をしたり、布教するものでは本来はないのです。
尊敬や信仰とは本来強制されるものではなく、自分の中から沸き起こるものです。
神道というものは一神教の神という絶対的な存在ではなく、日本人が日常を生きて行く上で日々に感謝し自らを律する知恵のようなもので、それは宗教というよりは、道徳の観念に近いと思っています。
(日本の神道の宗派でお布施や布教をしているのは認可されているもので16つほど例外的にあるそうですが)
(靖国神社は神道ですが、私は靖国のお参りは神道で行くというよりは、日本のために戦った人達の霊を慰めに行く、という気持ちでいっています)

神道は古来から日本人の生活に密接しており、神道とは日本人が安寧に生きていくための知恵であり、それを継承し祭祀を行うのが天皇という存在だと私は認識しております。

だから天皇という存在は日本に必要であると思っております。

説明が致命的に下手でスイマセン。歴史がありすぎてとても私の語彙では表現できないのです。むしろ、うまく説明してくださってる方がおられたら紹介して欲しいです。

日記を書いているうちに日付が変わった・・なんてこったい・・

しかしおめでたい!という気持ちには変わりはありませんよ!
日本の文化を受け継ぐ殿下の未来と日本の国と国民の未来が安寧に満ちたものでありますように。

posted by イツキ舞(or リリア) at 01:30| Comment(0) | 皇室
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